時給900円の求人に、なぜママが殺到したのか

時給900円の求人に、なぜママが殺到したのか
東洋経済オンライン 9月5日(土)8時0分配信

20150905-00082681-toyo-000-3-viewカフェと託児スペースの奥に、セキュリティで守られたワーキングスペースがある。職住近接で、在宅とも違う新しいワーキングスタイルを提供している

 「主婦の皆様は優秀。他社を上回る成果が出ています」。そう熱く語るのは、ママスクエア(mama square、東京都港区)の藤代聡代表取締役だ。同社は2015年4月、三井不動産の商業施設「ララガーデン川口」(埼玉県川口市)に、託児スペースと親子カフェを併設した「ママスクエア」をオープンした。子連れで出勤でき、子どもの様子をガラス越しに見ながら働ける新業態のオフィスだ。

 休憩時間は併設のカフェにて親子でランチもできる。商業施設内なので同じフロアのフードコートを利用してもいいし、仕事が終わった後はスーパーやアパレルショップで買い物をして帰ることもできる。忙しいママにとって便利な環境が整っているのもウリだ。

 登録スタッフは30人、スーパーバイザーが4人、保育士とカフェスタッフが各8人という構成だが、全員が育児中のママである。現在の登録スタッフの主な業務は、リクルートジョブズから受注しているアウトバウンド(お客に電話をかける)業務だ。オープンから間もないが、すでに他社の4倍の成果を叩き出しているという。ブランクがあり、働くには何かと制約の多い彼女たちを、いったいどのような仕組みでマネジメントしているのだろうか。

■ 主婦は優秀だし、実際ほとんど休まない

 藤代代表はリクルートを経て独立し、04年から親子カフェ事業を展開している。累計22店舗を立ち上げてきた中で約2000人の主婦を面接・採用してきた。この経験から次のように断言する。

 「主婦は仕事ができるし、まじめ。子どもが熱を出したら休みたいと言うが、実際休むのは年に2日あるかないか。学生やフリーターのほうが突然休みます」
 
とても優秀なのに、なぜ働ける場が少ないのか。そう考えていた矢先、リクルートジョブズ(RJB)から協業の声がかかる。10年から20年にかけて労働人口が275万人も減っていく(リクルートワークス研究所「2020年の『働く』を展望する成熟期のパラダイムシフト」)中、いかにして労働人口を確保するか。RJBはこの課題に取り組む事業を立ち上げたいと考えていた。

 RJBの調査によると、世帯年収600万円以下で、働きたいのに働けていない子持ち主婦は約156万人もいるとのこと。この層を労働市場に呼び込もうと両社がタッグを組んだのが、「ママスクエア」事業の始まりだ。

 子持ち主婦の多くが、働きたくても働けない最大の理由は、昨今の深刻な待機児童問題などにより託児先が確保できないから。ならば、「仕事がママと子どもたちのそばに来ればいい」と考え、この託児機能付きのワーキングカフェを構想したのだという。

■ 時給900円の求人に300人以上が殺到

 この狙いは大当たりで、予想をはるかに超える反響があった。求人には、社会人経験のある子持ち主婦が殺到。アウトソーシング業界は人手不足で時給1400円でも人材が集まらないそうだが、今回時給900円で募集をかけたところ、なんと300人以上もの応募があったという。

 電話対応や文書入力の業務が中心のため、関連業務の経験者は優先的に採用したが、特に重視したのは「素直で真面目であること」。面接で見抜くには難しそうな要素だが、約2000人の主婦面接で培った勘に狂いはなかったようだ。実際、採用したスタッフはみな、真面目で一生懸命だという。現に成果も上げており、すでに3人はリーダーに昇格して時給も50円アップしている。また、みなオシャレをして出勤してくるそうだ。

 「久しぶりに社会に出ることをとても楽しんでいる。この“やらされ感”のない点が他社にない強み」と藤代代表は分析する。

 ちなみに、筆者は学生時代にコールセンターでアルバイトをしていたが、非常に向き不向きのある業務で、数日以内に辞めてしまう人を何人も見てきた。今もあまり人気のない職種であるそうだが、ママスクエアでは脱落者が一人も出ていないという。「やっと仕事に就けた、次はない、という思いもあるのでは」(藤代代表)。

 それだけ子持ち主婦の再就職事情は厳しいのだ。ママスクエアには、子どもがいるという理由により採用面接に落ち続けてきた女性の応募が多い。中には「ここが決まらなかったら、どうすればいいのか」と憔悴しきって面接に来た女性もいたとか。時給1500円のスーパーバイザー職の募集に至っては、元キャビンアテンダントや有名企業の統括マネージャー、TOEIC800点保持者など、ハイスペックな”元キャリ主婦“からも応募があるそうだ。

 子持ち主婦にやさしい点は、託児機能の併設だけではない。スタッフの多くが就学前の子どもを持つママで、「週3日くらい働きたい」「3~4時間働きたい」「15時には帰りたい」といったニーズが高いそうだが、こうした個々の希望に合わせて勤務時間を柔軟に組むようにしているのだ。

 「午前中から2時間働き、お昼休憩をはさんで午後にまた2時間働いています」と話すのは、2歳の男の子を育てる平尾裕子さん(33)。決まった時間でないとお昼ご飯を食べない子どもの生活リズムに合わせ、このスタイルに落ち着いたという。

 現在、バス通勤で週3日~4日出勤している。当初は大泣きしていた子どもも、最近ではここに来るのが楽しみになったようで、「ママ、お仕事行こう!」と言うようになった。 

 平尾さんは出産を機に仕事を辞めたが、ずっと仕事を探していたという。しかし、認可保育園には入れないし、無認可保育園の保育料は高額だ。子どもが小さいうちはできるだけそばにいてあげたいという思いもあり、無理をしてまで無認可保育園に預ける気にはなれなかった。

 こうした中、「ママスクエア」はやっと手にした働き口だ。平尾さんはコールセンター経験者ということもあるだろうが、久しぶりの仕事には「まったく不安がなかった」と笑う。なぜなら、社会復帰があまりにもうれしかったからだ。以前は子どもとずっと一緒にいるとイライラしてしまうこともあったが、今は専業主婦だった時よりも子どもにやさしく接することができているという。

 スタッフの多くが、市内在住で主に自転車通勤をしており、まさに「職住近接」の効率的な働き方が成立しているのも特徴だ。たとえば、朝は幼稚園に子どもを送ってから出勤し、途中でお迎えに行って子どもを連れて戻り、夕方まで働く女性がいる。小学生の子どもがいる女性では、勤務中に託児スペースで宿題をやらせ、勤務後にそのまま一緒に塾へ付き添うといったケースも。

 子どもが熱を出すなど、ママならではの突発的な欠勤にも対応できる業務体制となっている。

 業務内容の都合上、稼働時間は平日の10時から18時くらいまでと限られているが、月単位で仕事を請け負っているので、ある週に欠勤者が集中したとしても、翌週以降に一丸となって頑張るなどしてカバーできているそうだ。

■ 2015年度内に、新店舗が続々とオープン

 約40平方メートルの託児スペースには、無認可保育園に準ずる形で保育士を配置。登園基準は認可保育園に準ずる形で運営している。安全を考慮し、「1歳以上で歩ける子」を託児利用の条件としているが、授乳中の場合は、休憩扱いにすれば授乳のため退席してもよいことになっている。仕事復帰を理由に断乳する必要がない点も、育児中の身にはありがたい配慮だ。今後は、小学生が集中して宿題ができるよう、15時以降はボールプールを撤去し、机といすを並べることも検討しているという。

 「皆で子どもを見よう」というのが「ママスクエア」の方針の一つだというが、実際、現場はアットホームな雰囲気だ。子どもたちは楽しそうに遊んでおり、非常ににぎやか。親であるスタッフ同士が、一緒にガラス越しに子どもの様子をのぞいている姿も微笑ましい。保育士も生き生きとしているのが印象的で、宮本弥生さん(29)は、1歳8カ月のわが子をおんぶしながら子どもたちを見ていた。宮本さんは週4日保育士として勤務しているが、都内在住なので1時間半かけて子連れ出勤しているそうだ。それでも、「わが子と一緒に働ける保育現場はほかにないですから!」と、ママスクエアの存在に感謝しているという。

 9月からは仕事が倍になるので、スタッフを増やす予定だ。藤代代表は今後について「全国展開したい。100カ所くらいは作りたい」と話す。周辺業務を外部に委託したい会社は増えており、個人情報漏えいの問題などにより在宅業務がスムーズに浸透していない状況もあるので、ママスクエアに対する社会的ニーズは高いとみている。

 実際、さまざまな企業から引き合いがある。年度内には、京王電鉄と協業し新たにママスクエアを5店舗オープンする予定だ。教育関連企業とは子ども向けの教育プログラムを企画中。他の電鉄系企業やマンション事業者からも施設オープンの打診があり、食品メーカーやほか教育関連企業との協業についても準備が進んでいるという。同社の取り組みは、多方面から注目を集めそうだ。